お話し伺い訪問メモより
2002年6月8日
[復興住宅]
- 50代後半女性。何時も気にかけていただき有難う御座います。お陰様で元気に暮らしております。この住宅は私にはとても気に入っております。とても喜んでおります。皆様良い方ばかりで。以前は長田の丸山の方に住んでいました。家が全壊になり、西区の方にいました。この住宅には2年前に来ました。今はとても楽しく暮しております。色々有難うございます。何か困った事が出来ましたらご相談にうかがいます。その時はよろしくお願い致します。(本人記入)
- 50代後半女性、3人暮らし。仮設から通してずうーと初めて。これまでボランティアが来たことは無かった。役所か警察か判らん人がきた事ある。「何かあったらケーサツに言いにいきなさいよ」と言ってくれる人でした。部屋の模様替えのお手伝いの後、長時間の話しこみになった。仕事の話し、家族の困難の話、減免の家賃を払えなくて滞納している事。生活保護以下の障害年金。「震災が来てからかわった!」。親子心中を考えた事もある。話しを聞いてもらえないとストレスがたまりおかしくなる。生活保護について「申請言うてもなあ。いろいろ言われるんやろ。しんどいわ。」と不安。震災の時に借りた公的な借入金「なかなか払われへん」。「よその国なら気前よう払うてるのに、自分の国の人にはなんにもせえへん」。北区の仮設からここへ。「ここへ入ってごっつ不便だが、引越しをくりかえすのはもうイヤ」。坂道がしんどかった。最初はよう迷子になったわ。これから足悪なったらどないしょ。店がぎょうさんあればええんやけど。「何やのん、お宅ら?」から始まった3時間の話しこみ。はじめは見えなかった笑顔も出て「こんなして回っとーの?ずっと。」「でも、こんなしてやってると、いい勉強にもなるやろ? 楽しいか?」と聞いてくださり「はい!」とお答えして楽しく談笑。(坂本、堀川、長船)
- 60代男性。薬漬けの年金生活。この住宅の便の悪さについては贅沢言え無い。国の借金がドンドン増えて、国債の利子を払うだけで精一杯。医療費負担3割も止む負えない。空港からODAの問題まで矛盾だらけだ。中国を支援した良いが今度はその中国によって国益が脅かされている。震災の前は良かったというけれど、前住んでたところが果たして良かったか? さまざまお話しを伺う。(矢野、華山、西村)
- 60代女性、一人暮し。長田の文化住宅で被災。前夜片付けといたホームごたつがトンネルになって助かった。友人宅や仮設を経てここへ来たが、生活保護より低い年金でかつかつの生活。近くの農家に手伝いに行く。この住宅に一日はようおらん。(籠嶋、堀内)
- 50代女性、一人暮し。ここは大きなスーパーが出来るとの話しだったが、コンビニしかなく、バスで買物に出かける。帰りに荷物を持ってあの坂を登るのがつらい。ここには長くはいられないといわれる。市長への手紙をお渡しすると「近所の人と相談して書いて出すようにします」とのこと。(籠嶋、堀内)
- 60代男性、一人暮し。「さ、あがり、あがって」と促される。「わしな、精神病や、そううつ病って、あんたら知っとうか」。退院間も無いお部屋で、1冊の本が出来るほどのお話しを伺う。再訪を約し今日は時間切れ。(籠嶋、堀内)
2002年6月22日
[復興住宅]
- 60代男性。部屋中に種類別に荷物が「まとまって散乱」している中、「大歓迎や」と約1時間のお話し伺い。薬で精神を安定させているとのこと。「わし、実はな、働きたいわけよ。借金もあるし。ばれると生活保護受けられへんから。でも今は建築の仕事は無いな」震災後に集めた十センチほどの名刺や本の束やチラシの束、おもちゃやぬいぐるみ、手製のオブジェなども沢山ありました。さまざまな荷物の中で話しは途切れ途切れしながら、同じように只只続いていました。(坂本、籠嶋)
- 30代女性。ご主人と子供3人家族。東灘のマンションで被災。寝ていた部屋の籐のタンスが倒れてきて顔に当たったが、開き戸だったので戸が開き、中の荷物がドサッと落ちてきただけでケガは無かった。近くの小学校で1日目を過ごした。被災した時、長女がお腹にいた。2日目は夫の実家が電気もついているというのでそちらへ避難した。途中、どこの道をどう通ったかわからない。「火事を見るな、目をつぶっていろ」といわれて逃げた。怖かった。復興住宅へは3年前に入居した。夫は工事の仕事が忙しかったが今は安定している。女の子二人と男の子。上下の階に同じ年頃の子がいて昔よりも近所付き合いはある。ただ、近くの公園に去年「こわい人、へんな人」がいたというので子供達が外で遊ぶのに心配がある。今は廊下とこの棟の1階あたりが子供達の遊び場になっている。(堀内、原田、矢野)
- 50代男性一人暮し。「仮設住宅にいたときに、タクシーにはねられて入院し、2ヶ月意識不明で障害者になってしもうて。」「そら生活ものすごい厳しいよー。生活保護とかで8万くらいで暮し、ガス止められたりすんのしょっちゅうよ。ここも現実きびしいよ。自殺した人おるもん。食べるの精一杯。飛び降りたヤツいますし。3人いますよ。」「ホンマのボランティアをする奴はおらんよ。おじちゃん大丈夫とかは言えるよ。でもこの足ね、痛みはオレにしか判れへんやん。ホンマにボランティアゆうのは、心の痛みを分かち合ってやるもんなんよ。今無理してでもまわってて、十年やってたら本当のパワーになるよ。ガンバリ。」「震災でみんなつかれてる。元気付けたって。オタクらボランティアは立派。役人とかはむちゃくちゃや。」4度の結婚と離婚。5度の引越しにクタクタ。1冊の本には収まりきらないお話しを100分の上がり込みで聞く。(坂本、長船、籠嶋)
- 60代後半男性。血圧が高い。集会所は女性ばかり。囲碁や将棋も出来ない。1週間誰とも話さないこともある。上下階のつながりが無い。隣の人とベランダで話す。ここへ来て和気あいあいにして行くと思っていたけど、一人一人別々、と40分のお話し伺い。(赤西、西岡、華山)
- 60代男性一人暮し。神戸空襲で父と姉妹の3人が自宅で被弾し亡くなった。母と二人で逃げ回って道々苦しんで亡くなった沢山の死体を見た。様々な職業を経験した。株の売買だけで15年ぐらい生活していたこともあった。古いマンションで被災。近辺には珍しく被害は無かった。旅行中に多分飲酒のせいで昏倒し、3ヶ月入院した。退院してここに来て3年になる。涼しくて景色が良く、まあいいところだと思う。生活は福祉を受けて何とかやっている。と2時間にわたるお話し。豊富な知識と行動力でマニュアックな話題にも詳しい方だったが、部屋には家具らしきものが一切無く、押し入れもカラッポ。かなり心配な方である。(堀内、矢野、原田)
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