3月4日
[復興住宅]
- 足が象のように腫れ上がっている。45歳の頃発病したが、抗生物質が効かず、治療法がない。若い頃から胃下垂や手のしびれ・自律神経失調症…と病気続き。移動が不自由な為、トイレに近い所で…一日中寝起きしてあり、週1回「家政婦協会」の方に、薬や買い物を依頼している。風呂はほとんど入れず、洗濯機も使えないので、服は汚れたら…捨てる。歯がないので巻きずし・調理野菜等、近くのダイエーで売っている物を食べている。収入は月9万円の厚生年金のみ。廊下の電気ストーブや電子レンジを多用するので、電気代は月32,000にもなる(ガスは未使用)。早く…お迎えが来るのを、待っている。〈歌が好きとの事で、野ばらをドイツ語で唄って下さった。部品を用意し、レンジを載せるラックの補修をする予定。後日、福祉課を訪ねた。「保健婦やケアマネージャーなどが訪問するが、話を聞いてくれない。本人の申請が必要なので、福祉サービスや介護認定を行えずにいる」との事〉。(64歳女性、一人暮らし、担当:堀内、白岩、白水)
- 夫はシルバー人材派遣の仕事をしている。帰宅後は、近くの公園で年配の方々と、一緒に将棋を指しています。仕事をしているという理由だけで、仮設・復興住宅とも…一番後回しにされてきた。ここでは、近所付き合いがない。しにくい。〈当日はお孫さんが遊びに来ていた〉。(62歳、2人暮らし、担当:小田、伊藤、丸笹)
- 平成8年からタクシーの運転手のアルバイトをしていたが、1月に右足甲を骨折し、入院中(外出許可をもらい、今日は帰ってきた)。3月中旬に退院予定だが、もう仕事はないと思う。仕事の情報が欲しい〈HYOGOしごと情報広場のチラシを、お渡しした〉。保険料の支払いは、市役所に相談に行った。家賃も、現状では…払えないので、退院後に役所へ相談するつもり。神戸空港が着工したらしいが、大手ゼネコンが入り、また地元の業者には仕事が回ってこないだろう。建物はできても、人間の復興はまだまだや。あんたらも大変だと思うけど、頑張ってな。(54歳、2人暮らし、担当:山室、矢萩、浦口)
- 足が弱く、目が不自由なので、外出を規制されている。ヘルパー同伴で時々買い物に行く以外、外出しない。まだ杖なしでも大丈夫だが、目が見えにくい印として、最近使うようにしている。週に何回か、外に出る際付き添ってくれる人がいたら、と思う。家事も出来る事は、するようにしている(ガスは危ないから使わない)。近所の人とは交流がない。デイサービス(お風呂と食事)へ週2〜3回行っているので、その時会うぐらい。楽しみはテレビを聞く事ぐらい。〈…と寂しそうに言われていた〉。(70代女性、一人暮らし、担当:船曳、長船、赤西)
- 駅に近い小規模仮設に住んでいたので、買い物は便利で、みんな仲が良く…まとまっていた。骨粗鬆症で手首が痛く、精神的に参っています。肺活量も弱くなった。30〜40代の頃は、山に登っても平気だったのに…。出来るだけ、他人に頼らないようにしています。週2回、食事会があるので行くけど、隣の人以外は交流がない。(74歳女性、一人暮らし、担当:里、辻野、福本)
- 夫は船乗りだったので、海が見える所に住めて良かった。船乗りの仲間も、よく遊びに来る。夫は10年以上前から、車椅子の生活となった。私が介助をしているが、ストレスが溜まる事もある。暇つぶしに手芸・工作等をしています。ミルク容器(ブラスチック)を使い、小さな帽子を作っているが数が足りず、十分作れない。〈…との事。集めて持っていこうと思う。作品をたくさん見せてもらい、幾つかを頂きました。次回訪問の際、「デイサービス」「介護サービス」等の資料を渡し、説明する必要あり〉。(67歳、2人暮らし、担当:船曳、赤西、長船)
- 夫は市街地で仕事(大工)をしていたので、郊外の仮設に住んでる頃は、交通費が大変だった。息子夫婦が月1回、孫(2歳2カ月)と泊まりに来てくれるので、嬉しい。母(84歳)はまだぼけていないし、トイレも一人で出来るけど、食事の介助が必要です。だから、母を置いて外出という事が出来ない。週1回デイサービス(9時半〜午後4時)を受けているので、その時に買い物など、まとめてするようにしている。近くのダイエーが、もう少し規模の大きい店になれば、買い物も便利になるのに。(64歳、3人暮らし、担当:川口、竹森)
- 20年前、脳梗塞で右半身が不自由になったが、リハビリで動くようになった。頭に障害が残り、すぐ言葉が出てこず…言いたい事が言えなかったり、忘れてしまう事も多い。3年前(仮設の時)骨がもろくなり…右足を骨折、20針縫う手術をした。今はリハビリを兼ね、杖をつきながら、知人の犬を散歩させている。買い物も食事も、自分でしています〈言葉が不自由な分、悪質なセールスにだまされていないか、不安になりました。コミュニケーションは取りにくいが、また訪問できればと思います〉。(65歳、2人暮らし、担当:伊藤、丸笹、小田)
- 40年前から、目が不自由(障害1種2級)。火・金はヘルパーさんが来てくれ、部屋の掃除や料理、銀行等へ行く際の付き添いをしてくれる。でもヘルパーさんが来ない日は、手探りでも…家事を自分でするようにしている。風呂も最初はガスのつけ方がわからず戸惑ったが、今では沸かして入れるようになった。前の仮設で仲の良かった方と、日曜日に一緒にご飯を食べたり、月1回カラオケに行ったりしてます。次男は会社がこの近くなので…帰りがけに寄ってくれ、長男も月1回東京から来てくれる。隣近所と会話がないが、ここは住み心地が良く、感謝しています。(67歳女性、一人暮らし、担当:浦口、山室、矢萩)
- ここへ来て一年近く経ち、少し慣れてきた。ここの自治会は一度なくなったが、また再結成できたので、良かったと思う。妹や娘が、時々訪ねてくれるが、帰った後…寂しくなってしまう。腰が痛むので、あまり出歩かないが、一人でいると寂しい。早く死にたい〈…と口癖になっておられたので、それは止めた方がよいですよと伝え、いろいろな話をする。場が弾み、笑いもあり…訪問を喜んで頂きました〉。(76歳女性、一人暮らし、担当:藤川、小波本、増田)
- 12月に膝の手術の為、入院した。現在もリハビリ中。ここへ来てから、弱くなった。やっぱり年かな。今日みたいに雨の日は、外は滑りやすくて怖い。週1回デイサービスへ通い、家事はヘルパーさんに頼んでいる。4月からの介護保険導入で、どうなるんやろ。年寄りに死ね言うんか…?。ここは穴蔵にいるのと一緒。だから“ふれあい喫茶”で、いろんな人に声を掛け、折り紙を教えている。〈杖をついておられたが、朗らかな方でした〉。(80歳女性、一人暮らし、担当:小林(弘))
[一般公営の空き家募集入居者]
- 2月からデイサービスへ、週1回通っている。男で利用しているのは2人だけだが、気が紛れる。ここでは、誰も声を掛けてくれへん。隣の人と話すのにも、ドア越しや。人の集まる所がない。子供の声がうるさいので引っ越したいが、部屋を移るのは「絶対あかん」と、市から言われた。〈寂しいと言っておられるので、障害者の作業所へ話し相手に行く事を勧めたが、乗り気ではなかった〉。(68歳男性、一人暮らし、担当:小林(弘))
3月11日
[復興住宅]
- 前回訪問時‥ご主人が車椅子の生活をしているので、奥様が介助しているとの事。再度訪問し、介護関連の資料渡しと説明する予定。
介護保険の認定に、市から何回も来てくれたが、申請をしなかった。私が介助できなくなったら、お世話になるつもりで、資料は一応持っています。夫は九州に帰りたがっているが、私は神戸が気に入っているので、こちらに住みたい…。近所で手芸に使う飾り紐を、売っていない。〈…と言っておられたので、洋品店で購入し、お持ちする事にした。また持参した資料も、「もしもの時に…」という事でお渡しした〉。(67歳、2人暮らし、担当:長船、矢萩)
- 16年前からC型肝炎で入退院を繰り返していたが、2年前に平常の生活ができるようになり、ホッとしている。被災時のテント生活では、寝たきりの所へ…3月中頃より大アリが這い出してきて、とても困った。仮設では、毎夜5〜6匹のナメクジが、顔に這い上がり、目が覚めた。妻は銀行から借り入れをし、食堂(借家)を営んでいたが、地震で倒壊した。銀行から二重借金をしたが、売り上げが少ないので、負債が減らず…困っている。皆さんに、迷惑をおかけしないよう生活していきたい。(71歳、2人暮らし、本人自筆)
不況の為、妻は一日中働かなければならず、この住宅へもほとんど帰って来れない…。私は遠視と乱視で苦労しているが、最近は体調が安定してきたので、妻や息子が気を遣わないように、できるだけ一人で頑張りたい。今でも時々、地震の恐怖に襲われて目が覚める。地震の事は余り思い出したくないが、若い人達に伝えるのも大事だと思う。〈…と、当時の様子をお話しいただいた〉。(担当:玉木、辻野)
- 血圧が高く、心臓が悪い。家族はいない。ここではコミュニケーションが、なかなかうまくいかない。仮設では“庭先付き合い”があったが、コンクリート住宅ではそれができない。〈この点の支援策を、我々がどのように協力できるのか…研究課題かもしれない。ゴミ出しも高齢社会となる今後、もっと対策が求められるかもしれない。大阪市では、清掃局職員が高齢者宅の玄関まで、収集に出向いている。神戸市でも、そうした方向があってもよいのでは…〉。(86歳女性、一人暮らし、担当:田植、白岩)
- 小さい頃から足が悪く、今でもリハビリに行っている。バス停が遠いので、大変だ。子供がおらず、甥や姪も遠くにいるので…なかなか頼る事ができない。震災以降…色々あったが、食べられない時と比べると、まだいい状態だと思う。〈…とプラス思考に考えておられ、気さくに色々な話をして下さった〉。(?歳女性、一人暮らし、担当:堀内、井上)
- 足が悪く、杖をついている。腰の調子も悪く、寒いと特に痛む。最近は、下痢気味…。子供がいないので、いざという時に心配だ。通院にタクシーを使う事が多く、灘区の病院へ行く際などは、特に高くつく。近所に外食できる所が少なく、困っている(好き嫌いがある)。弁当のサービスもあるが、予約制なので不便だ。来週にでも、また来て下さい。(76歳女性、一人暮らし、担当:堀内、井上)
- 夫はでヘルパー2級を目指しており、今後「介護の仕事をしたい」と意欲的です。近くに赤十字病院ができると聞いているが、買い物が不便なので、『市場』の方がいいな。〈お二人とも、九州出身という事で、その話題で盛り上がりました。顔の表情が豊かで、生き生きとされていた〉。(60代、2人暮らし、担当:下井、赤西)
- 仮設の頃、肝硬変で入院したが、退院後すぐ…痰の中に菌が混じっている事が検査で判明し、また再入院(5ヶ月程)となった。注射の副作用と交通事故(昔、車と接触)の影響もあってか、足が痛む。病院へ行くのに、手押し車を押しながら、三宮まで行くのは辛い。タクシーは高いし、なかなかつかまらない。震災で、母・息子など身内をみんな亡くした。一人でいたら、何も考えずボーっとするだけ。話し相手でもいいから、誰か来てくれたら…。〈若い人はいいなぁ…としきりに言われておられた。『119ステッカー』と『安心カード』の代筆をし、お渡しする。移送サービスの料金を調べ、チラシをお渡しした〉。(70歳女性、一人暮らし、担当:玉木、辻野)
- 足が不自由な為、1カ月程入院し、退院したばかりです。入院して特に良くなった訳ではない(あきらめ気味…)。少々耳も不自由です。家族はおらず、一人暮らし。京都で調理師の仕事をしていたので、食事は自分で作ります。退院後、ガスコンロが点かない。〈…と言われたので、元栓を確認する。閉じてあったので、開栓しておきました〉。(70歳男性、一人暮らし、担当:白岩、田植)
- 震災時、腰を強打し障害5級となった。君達ボランティアに言いたい!。ただ、助けたらいいのではなく、相手をよく見極めて…活動して欲しい。生活保護を受けながら、毎日のように酒やカラオケにうつつを抜かす、困り者もいる…。役所も、該当者かどうか、相手をよく見るべきだ。私は震災前に妻を亡くしたが、自分が出来ることは自分でする。今も『いかなごのくぎ煮』を作ろうとして、鍋を焦がしてしまった。失敗やった。それに自分の事も出来ん者が、人の世話をするのは無理やで。それを頭に置いて動かなあかん!。最近の若い人達、携帯電話ばっかりかけてたら、人間が堕落するで!。〈父親に説教されているような雰囲気でしたが、参考になるお話も多かった〉。(70歳男性、一人暮らし、担当:下井、赤西)
- 震災で店も自宅も全壊だったが、店は別の所で続けていた。しかし2年前に心筋梗塞と脳梗塞で倒れ(後遺症はペンを持つと震える程度ですんだ)、無理が出来ないので、店を閉めた。ポーアイの仮設は、交通の便が悪く、冬はシベリア・夏は砂漠…というような状態だった。また雨が降ると水たまりが出来、蚊が多くて困った。ここは不便だといって閉じこもる人が多いけど、自分から出ていかないと…。それに自分で申し込んで、当選してから文句言うのはおかしい。その上、「ボランティアが、何も持ってこない・何もしてくれない」と文句を言う人もいる。自力で自宅再建とか苦労している人もいるのに…。いつまでも頼っているばかりではあかん。今は15歳になる犬と2人暮らしです。でも心ない飼い主がいる為に、まじめな飼い主たちは、困っています(エレベーターの中に、糞をする犬など…)。(52歳女性、一人暮らし、担当:長船、矢萩)
3月18日
[復興住宅]
- 前回訪問時‥手芸用の飾り紐が近くで見つからない。
〈船場(大阪)で購入した紐を、代金引換でお届けした〉。ありがとう。三宮まで行かないと、手芸品を購入する事が出来ない。でも夫の介助があり、行く暇がなかった。(67歳、2人暮らし、担当:玉木、田村、矢萩)
- ヘルニアで下半身がしびれ、働けない(生活保護を受給)。100m歩いたらしんどくなるので、外へも…余り行かない。リハビリと、週2回…銭湯へ行くだけ。また知り合いに会ったら、コーヒーを飲む等の付き合いも必要になり、月8万の生活費では…これくらい削らないと余裕がない。停留所までせっかく行っても、バスが時間通り来ない。〈市長への手紙をお渡しする。家計簿をつけておられ、カレンダーには…1日終わる事に×を記されていた〉。(?歳男性、一人暮らし、担当:長船、矢野)
- 昨年3月、公営のカギ渡しがあったが、仮設の世話役として残り、10月に入居した。今でも、人の為に役立ちたいという気持はある。身内には、ここにいる事を知らせてない。住み心地はいいが、話す人もなく寂しい。テレビと話している時もある。同じ仮設から来た人とも、互いに電話したり、行き来する事がない。15年前、中央区へ移転してから気管支喘息(薬を持ち歩いている)になり、公害病の認定を受けた。血圧も高いので、いつ倒れるかと思うと…怖い。運動不足のうえ、自炊ではどうしても栄養が片寄る。釣りが趣味なので、暖かくなったら行こうと思う。今日は、久しぶりに長いこと話ができた…ありがとう。(59歳男性、一人暮らし、担当:玉木、田村、矢萩)
- 〈予告チラシの作業をしている際、「何をしているの…」と話しかけてこられた〉。訪問して下さった時、体調が悪く寝たきりが続いていたので、インターホン越しにお断りしました。今日は…久しぶりに暖かく、体調も良くなってきたので、散歩をしていた。仮設は山の中にあり、寒くて不便で、セミも鳴かない所でした。ふれあいセンターが97年春に閉鎖になった時は、寂しかった。仮設が閉鎖されるまで…大阪から毎月1回茶話会を開きに来てくれたボランティアの方や、白鴎大学の先生・学生ボランティアの方達には、お世話になりました。ここは不便で、触れ合いもない。去年の春には、入居間もない若い女性が投身自殺をした。(70代女性、一人暮らし、担当:鹿島)
- 地震で家が倒壊し、6時間生き埋めになっていた。足も動かせなかったが、人に助けてもらい、生きる事が出来た。だから、人の役に立たなあかんと思い、仮設では世話役などをしていた。今は、「自分の体を大切にするように」と医者から言われ、今は療養している。妻は乳ガンの手術を受け、東京の病院(実家がある)へ、入院しています。3ヶ月程看病してきた。医者や看護婦にも言われたが、入院して最後まで面倒見るのは夫婦だけだ…と。〈奥様の事を思われていたのに、感銘を受けました〉。(79歳、2人暮らし、担当:浦口、里、猪上)
- 小さな植物が植えてあるスペースを、野菜などが作れるようにして欲しい。そうすれば、みんなで作業できるから…。若い頃から鍛えているので、元気。今も六甲の酒屋でバイトをしており、ビール瓶1ケースや米の30kgを持って、階段を駆け上がれる。ずっと一人でいるから、炊事・洗濯…何でも大丈夫。〈他にも、戦争で満州やシベリアに行った話などをして下さり、非常に楽しく明るい方だった〉。(75歳男性、一人暮らし、担当:山室、田植、辻野)
- 娘が近所に住んでいるので、毎日来てくれる。生活面での不満は少々あるが、良い面を見つけ、納得している。2週間に一回病院へ薬をもらいに行く程度で、外出の予定は、あまりない。ボランティアには感心している。自分中心の世の中なのに…。また来て下さい。〈ご夫婦とも…お元気で、ボランティアの事もよく理解されておられました〉。(73歳、2人暮らし、担当:辻野、山室、田植)
- 普段は仕事でいないが、今日はたまたま早く帰っていました。配達の仕事をしており、寒い時期は膝が痛む…。時間が不規則なので、家では何もできない。寝るだけ…。最近、お得意先も少ない。19歳の息子がいるが、収入は少なく生活が苦しい。ここは春日野道駅から2分とあったが、それは一番近い公営で、信じてしまった…。交通は不便です。自立支援金をもらっていないが、まだ間に合いますか?。〈後日、4月28日(金)締め切りということをお伝えし、書類をお届けした〉。(40代、2人暮らし、担当:矢野、長船、若菜)
- 〈訪問先へ伺う途中、公営内のベンチに座られていた〉。仮設の時の方が、隣近所の人達といろいろ話をして、楽しかった。買い物も便利で、好きな物も自由に買え、充実していた。今度4月8日に花見(会費千円)があり、大型リフトバスを使用して、伊川谷まで行くそうです。若い人と話をする事も滅多にないから、あなた達と話せてよかった。〈明るく生き生きとされている姿に、感心しました。ベンチでひなたぼっこされている姿を見かけたら、皆さん…声を掛けて下さい〉。(88歳、?人暮らし、担当:片山、赤西、水野)
- 介護保険のケアプラン作成により、利用していたサービスの費用が、今までの倍になってしまった。これでは、いろいろ母(87歳)にしてあげるつもりだった事も、出来ない。介護している人は、デイサービスの職員に言いたい事があっても、極力我慢するケースが多い。ケアプランの作成は、うまくコーディネートできる、第三者にしてもらいたい。〈散髪サービスについてたずねられたので、その資料と支援者ノート・介護保険の資料をお渡しする。今日は余りお話をされなかったが、心に秘めておられる事があると思うので、引き続きの訪問が必要〉。(52歳、2人暮らし、担当:水野、赤西、片山)
3月25日
[復興住宅]
- 震災前はパートで建物の清掃をしていたが、職場が被災し、解雇となった。年金は月7万円。電気代だけでも1万円かかり、生活は大変。今は貯金を取り崩しながら生活をしています。〈もしもの場合を考え生活保護の資料をお渡しする〉。土・日は、弟と一緒に映画を見たりする。でも性格が違うので、一緒に生活するのは難しい。たまに会うから、仲良くできるのだと思う。(71歳女性、一人暮らし、担当:堀内、矢野)
- 仮設はグループホーム形式で暮らしやすかったが、ここでは近所付き合いがない。1年前に妻と息子を亡くし、今は一人暮らし。ストレスの為、体調が悪い時もあり、食事も少食になった。現在の関心事は、介護保険・年金・健康の事など、自分の将来について…。高い階にいると、体調が悪くなる。入居時に、市役所の人が「1年経ったら、移動できるようにしましょう」と言ってくれたが、今だ…連絡がない。〈冷蔵庫・洗濯機・テレビ等がなく、不自由な様子であった〉。(65歳男性、一人暮らし、担当:赤西、田植)
- 震災後2年間は、区画整理で空き家になった所へ、5世帯が雑魚寝状態で居たが、いろんな人がいて、大変だった。その時の事を思うと、今は…ほっとして、落ち着いている。ベランダからの海の眺めも、最高。同じ棟の方3人と、毎朝エレベーター付近の掃除をしています。また月曜は食事会のお手伝い・木曜は新舞踊のけいこをと…ストレスの溜まる暇がない。楽天的に、周囲の評判は気にせんと、笑い飛ばして生きていくのがモットー。身近にいる人・病気の人には、気を楽にして生きるよう、元気づけている。(62歳、2人暮らし、担当:矢萩、瀬戸)
- 避難所から市外の仮設、その後一時待機で民間マンションに入居後、ここへ来た。仮設はコンテナだったので、寒い冬は気温が1℃になり、窓際のカーテンがバリバリに凍っていた。暑い夏は締め切って出掛けると、室温が50℃になっていた事も…。長男・次男ともに独立しており、今は孫に会うのが楽しみです。私は足が悪く、2km歩くのが限界。ヘルニア(腰)も治ったが、無理はできない。でも全く外へ出ないので、健康の為に働きたいが…なかなか職がない。2人とも出不精で、近所付き合いはほとんどない。釣りが好きだが、ここでは小さいアジやイワシしか釣れないので、行かなくなった。〈中高年向けハローワーク・シルバー人材のパンフレットをお渡し、暖かくなったら、お二人で散歩に出掛けるようお勧めした〉。(66歳、2人暮らし、担当:瀬戸、矢萩)
- 夫は震災前年に亡くなり、一人暮らしです。仮設では、皆さんと仲良くお付き合いができ、楽しかった。なるべく出掛けるようにしているので、友達もいる。歩いて15分程の市場へ行くのが、楽しみです。(?歳女性、一人暮らし、担当:増田、白岩)
- 年金は無し。緑内障で視力が悪化、左0.01・右0.06。失明するのではと、不安を感じます。甘いものが好きで…糖尿病になったが、体重はピーク時より、13kg落としました。「後ぞえ」として結婚、義理の子供4人の面倒をみながら、食堂を経営してきたが、被災した。当初妹が一人暮らしなので、息子(義理・50代)と3人で暮らしたが、上手くいかなかった。息子は運転手(2種)だったが、視力が悪化し、今は清掃の仕事(手取り10万)をしている。お隣の方々がよくして下さる。(68歳、2人暮らし、担当:増田、白岩)
- 7年前に発病したリウマチと内科へ通院するのに、毎日忙しい。近くに息子一家が住んでおり、毎週夫婦で来てくれる。不安があるとすれば、今後のことだ。〈被災者自立支援金のことをご存知なかったので、書類をお渡しし、説明をした〉。(82歳女性、一人暮らし、担当:矢野、堀内)
- 最近はセールスが来なくなったが、かつて「換気扇フィルター」を1万3千円も出して買ってしまい…後悔している。週2回(水・金)の食事サービスを、利用している。1食450円で利用者もかなりいるが、大半が女性の方(3分の2以上)なので、話しづらい。また食事が済んだら、さっさと帰られる方が多く、会話がない。月1回の大掃除は、仮設の時の方がまとまりがあった。ここでは時間を守らない人も多い。例えば、時間より早めに来て…早めに帰ってしまったりする。(70代男性、一人暮らし、担当:田植、赤西)
- 掃除の仕事(月〜金、1日8時間)をしており、手取りで月11万の収入になる。寂しいので…寝る時もずっとテレビをつけており、電気ストーブやこたつも使うので、電気代がかかる。土・日は三宮へ出掛け、友達に会う。でも隣近所と顔を合わすのは、月1回の掃除ぐらい。ここへ来た頃は環境の変化に慣れず、しばらく話す事が出来なかった。最近は、だいぶ落ち着いてきたようだ。でも震災の時、夫でなく…自分が死んでいればと、時々思う。〈自立支援金の事をお話しすると…〉そんなのがあるとは知らなかった。これは助かる。間違いなく、来週書類を持ってきてや!。〈2時間程お話をし、帰ろうとすると「もう帰るの」と言われた…。後日、書類をお届けした〉。(56歳女性、一人暮らし、担当:稲垣、辻野)
- 避難所で肺気腫(障害1級)を発病し入院、そこから仮設へ入った。部屋では酸素発生器からチューブを引っ張っており、通院する時はボンベ(ビールの2?樽くらいの大きさ)を使用している。昨年10月部屋で倒れ(脳血栓)、1ヶ月半入院した。入院中、自立の程度(介護保険認定)をみる為にと一旦自宅へ戻されたが、とても生活できず再入院となる。要介護2と判定された。今でも、右半身に力が入らず、足も曲がらない。年末、風呂で溺れかけたので、シャワーを時々使用している。ヘルパーさんが、新しい人に変わると、なかなか言いたい事が伝わらない。(74歳男性、一人暮らし、担当:小林(弘))
- 仮設で転んで、それ以来車椅子を使用している(障害2級)。昨年・一昨年と、手術(乳ガン・膝)で入院した。生活保護を受けている。4月から介護保険が始まるけど、ヘルパーが2時間しかつかない。買い物とか外出の用事を頼みたい時、どうしようか?。通院の際、特に困る。〈被災地障害者センターの輸送ボラに問い合わせたが、値段の点で折り合わなかった〉。ヘルパーさんも、いろんな人がいる。床掃除した水を、流しに捨てようとする人など…。不満があっても、自分から言えず、辞めてもらうだけ…。デイサービスに誘われるけど、疲れて…皆に合わせられないので、行かない。前の仮設ではボランティアが常駐していたが、いまはそういう訳にはいかない。(84歳女性、一人暮らし、担当:小林(弘))